住職に聞いてみた
投稿日:2026年7月13日
更新日:2026年7月22日
高野山真言宗 金毘羅山 弘隆寺 秋山有洋住職に聞く
お寺とのつながり、葬儀の意味、そしてこれからの供養のかたち
今回は、恵庭市文京町にある「高野山真言宗 金比羅山 弘隆寺」のご住職、秋山有洋(あきやま ゆうよう)様にお話を伺いました。
弘隆寺は、ウィズハウスの本拠地でもある恵庭市にて、90年以上の長きにわたり地域に根差してきたお寺です。
秋山住職は、地域の方々からの信奉も厚く、高野山真言宗の各種行事など、道内各地で幅広くご活躍されています。
| 寺院名 | 高野山真言宗 金毘羅山 弘隆寺 |
|---|---|
| 所在地: | 恵庭市文京町4丁目8番20号 |
| HP: | https://kouryuuji.jp/ |

Q1. 檀家さまとの付き合いの変化について
ウィズハウス:
最近は、檀家さまとお寺さんとの関わり方も変化してきているように感じます。
どのように変化してきているのか、ざっくばらんにお聞かせいただけますでしょうか。

秋山住職:
そうですね。以前は「檀家さん」という言葉が一般的でしたが、弘隆寺では現在、「護寺会員」という呼び方をしています。
そこには、「お寺を守ってくださる会員さん」という意味を込めています。
「檀家」という言葉には、昔ながらの重みや責任を重圧に感じる方も多いかもしれません。
お寺との付き合いを、「強制的にしなければならないもの」と受け止められてしまうこともあります。
だからこそ弘隆寺では、少しでも気軽に、無理のない形でお寺と関わっていただけるように、まずは呼び方から見直しました。
お寺との距離を少しでも近く感じていただきたい、という思いがあります。
現在、多くのお寺で感じられているのが、世代交代によるお寺との関係の希薄化です。
親世代が守ってきたお仏壇やお墓を、次の世代がそのまま引き継ぐことが難しくなってきています。
子ども世代が札幌や道外に住んでいたり、親御さんが施設に入られて仏壇を守る人がいなくなったりと、家族の形や暮らし方が大きく変わっているのです。
その結果、これまで自然に続いてきたお寺とのつながりが、少しずつ途切れてしまうことがあります。
また、「子どもに迷惑をかけたくない」という思いから、葬儀や供養をできるだけ簡素に済ませたいと考える方も増えているように感じます。
ただ、弘隆寺では「何もしないことが、本当に残された家族のためになるのか」という問いを大切にしています。
ご家族が後悔のない形で供養できるように、できる限りのお手伝いをしていきたいと考えています。
Q2. 仏教と日本人のこれからについて
ウィズハウス:
少し大きな話になってしまうかもしれませんが、先ほどのお話も踏まえて、仏教や宗教と日本人の関わりは、今後どのようになっていくとお考えでしょうか。
秋山住職:
仏教というより、宗教そのものとの関わりが薄くなっているのではないか、というのが率直な感覚です。
日本という国の良さの一つは、さまざまな宗教や宗派、考え方が共存してきたことだと思います。
一つの考え方だけではなく、いろいろな教えや価値観が、人々の暮らしや心の中に自然と根付いています。
その教えの中には、倫理観や思いやりの心、感謝の気持ちなどが含まれています。
そうしたものが、多くの日本人の暮らしや人との関わり方を支えてきたのではないでしょうか。
けれども近年は、そうした感覚が少しずつ薄れてきているようにも感じます。
もちろん、時代の変化や生活環境の変化もあります。
ただ、宗教的な教えや、手を合わせる心、誰かを思いやる気持ちが失われていくと、人と人とのつながりも弱くなってしまうのではないかと思います。
だからこそ、これからの時代においても、仏教や宗教が持っている「感謝する心」や「人を思いやる心」は、大切にしていく必要があると感じています。
Q3. ウィズハウスとのお付き合いについて
ウィズハウス:
地元恵庭ということもあり、秋山住職とは長くお付き合いをさせていただいております。
弊社との関係の中で、良かった点や改善した方がよい点などがあれば、率直にお聞かせいただけますでしょうか。
秋山住職:
ウィズハウスさん、私からすると以前からの香華殿さんとのお付き合いも含めてですが、会社が大きくなるにつれて、少し付き合い方が薄くなったように感じる部分はあります。
人が増えたり、担当の方が変わったりする中で、「誰に話せばきちんと伝わるのだろう」と感じる場面もあります。
これはウィズハウスさんに限らず、他の葬儀社さんでも同じことかもしれません。
ただ、供養や仏教の世界に限らず、人と人とのつながりはとても大切なものです。
葬儀社さんもお寺も、どちらもご家族の大切な時間に関わる立場です。
だからこそ、もう少し顔の見える関係や、日頃から話し合える関係を大切にできると良いのではないかと思います。
もちろん、会社として事業を行っている以上、ある程度ビジネスとして考えなければならない部分もあると思います。
ただ、その中でも人とのつながりや信頼関係を大切にしていくことが、結果としてご家族の安心にもつながるのではないでしょうか。
Q4. 葬儀をする意味について
ウィズハウス:
最後に、仏教や宗派という枠を一旦置いて、秋山住職ご自身が考える「お葬式をする意味」についてお聞かせいただけますでしょうか。
秋山住職:
一言で表すのはとても難しいですが、葬儀とは「その人が生きてきた証を認め、感謝を込めて送り出すこと」ではないかと思います。
親として育ててくれたこと。
そばにいてくれたこと。
子どもとして生まれてきてくれたこと。
家族や友人として、一緒に時間を過ごしてくれたこと。
そうした一人ひとりの存在を認め、感謝する場が葬儀なのだと思います。
宗教や宗派によって儀式の形はさまざまです。
また、地域や文化によって異なる送り方もあります。
ただ形は違っても、大切なのは「感謝して送り出す」という心です。
だからこそ、何もしないというのは、少し違うのではないかと思います。
日本人は、自分では「無宗教」だと思っていても、何らかの宗教心のようなものを自然に持ち合わせているのではないでしょうか。
感謝の気持ちを表すために手を合わせたり、お線香を立てたり、ろうそくを灯したりする。
そうした行為は、私たちの暮らしの中に自然と根付いています。
亡くなった方の存在を認め、感謝の気持ちを表す「何か」は、亡くなった方のためだけではありません。
残された人、送り出す人の心にとっても、とても大切なものだと思います。
まとめ

秋山住職には、大変お忙しい中、貴重なお話をお聞かせいただきました。
誠にありがとうございました。
今回のお話を通じて、秋山住職が人と人とのつながりや、思いやりの心をとても大切にされていることが伝わってきました。
葬儀社として、また一人の人間として、考えさせられる点や反省すべき点も多くあり、大変学びの多い時間となりました。
「無宗教」と言っていても、日本人の中には何らかの宗教的な教えや習慣が自然と身についている。
私たちの生活の中にも、仏教や神道に由来する考え方や習慣は、意識していなくても数多く残っているのだと思います。
手を合わせること、感謝を伝えること、故人を偲ぶこと。
そうした行為は、私たちが前の世代から受け継いできた大切な財産なのかもしれません。
両親や祖父母、その前の世代から受け継いできた大切な心を、次の世代にもきちんと残していけるよう、私たち自身も改めて意識していきたいと感じました。





