函館市は、北海道南部の渡島総合振興局に属する重要な都市であり、道南地域において経済や文化の中心的な役割を果たしてきました。この地域は北海道と本州を結ぶ交通の要所として発展し、特に函館港はその優れた天然の良港として、物流と人の往来において重要な役割を担っています。函館市はまた、札幌市や旭川市に次ぐ北海道第3位の人口を有する中核市で、現在は約24万人が暮らしています。
函館市の歴史は古く、かつては北海道で最大の人口を誇る都市でした。1914年には人口10万人を超え、1922年には市制が施行されるなど、急速な発展を遂げました。その後、1933年には日本全国で第9位の人口規模となり、一時期は北海道の中心都市として栄えました。しかし、戦後の国勢調査で札幌市や旭川市の人口が函館市を上回り、その後も徐々に人口は減少していきました。特に、1980年以降は人口減少が顕著になり、北洋漁業の衰退や青函連絡船の廃止がその要因として挙げられます。
2001年には人口が30万人を割り、2004年には周辺の戸井町・恵山町・椴法華村・南茅部町と合併しましたが、依然として人口減少は続きました。さらに、2014年には市全域が過疎地域に指定され、2020年の国勢調査では人口が約25万1271人にまで減少しました。これにより、函館市は現在、人口減少や少子高齢化が深刻な課題となっています。
一方で、函館市は観光都市としての魅力を持ち続けており、毎年500万人以上の観光客が訪れる人気の観光地です。市町村の魅力度ランキングでは、2019年までに6回全国で1位を獲得しており、函館は全国的に高い評価を受けています。さらに、フランスのタイヤメーカーであるミシュランが発行する『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』では、函館市内に20以上の観光地が一つ星以上の評価を受けており、函館の観光資源が国際的にも認められています。
函館市はまた、観光業だけでなく、水産業や食品関連産業、医療福祉などを主要産業としてきました。しかし、人口減少が進む中で、これらの産業もまたその影響を受けています。2014年には市域全体が過疎地域に指定されましたが、2021年の新過疎法施行に伴い、旧市域の過疎地域指定が解除されました。
函館市の市街地は、函館山(臥牛山)から函館平野や亀田半島に繋がる砂州に広がっており、その美しい港湾の形から「巴の港」とも呼ばれています。函館港はその独特な形状と景観で知られ、市の象徴的な存在となっています。東部地域は恵山道立自然公園に指定されており、自然環境も豊かです。
観光PR活動も積極的に行われており、「ミスはこだて」や「はこだて観光大使」などの親善大使を任命し、観光地の魅力を国内外に発信しています。また、観光情報サイト「はこぶら」や「はこだてCM放送局 〜HakoTube〜」などを通じて、函館の魅力を広く伝えています。
函館市の財政状況は、行財政改革の取り組みによって一定の改善が見られますが、人口減少や少子高齢化の進展に伴う行政需要の増加、財政構造の脆弱さなどが課題となっています。市行政府は1986年度から行財政改革を進めており、2008年度からは「函館市行財政改革新5か年計画」を実施しました。しかし、依然として財源不足が深刻であり、財政健全化への取り組みが求められています。
函館市の歴史的建造物や観光スポットも見逃せません。函館山の麓に広がる西部地区は、函館発祥の地であり、19世紀後半の開港以来、外国文化の影響を強く受けた建築物が多く立ち並んでいます。石畳の坂道や洋館が織りなす異国情緒あふれる街並みは、多くの観光客を魅了しています。さらに、函館山の山頂から眺める夜景は、日本有数の美しさを誇り、訪れる人々を魅了しています。
函館市はまた、その食文化でも知られており、特にイカは「市の魚」として有名です。函館の新鮮な海産物を使用した海鮮丼や寿司は、観光客にも広く支持されています。また、函館ラーメンや「函館スイーツ」など、地元ならではの味覚も楽しむことができます。
函館市には独特の風習もあります。例えば、七夕の夜に子どもたちが家々を巡り、お菓子をもらい歩く風習は、函館でも古くから行われています。また、函館では8月のお盆の代わりに7月にお盆を行うことが一般的です。結婚式は会費制が一般的で、葬儀については火葬を先に行う風習があります。
このように、函館市はその歴史的背景、観光資源、豊かな食文化、そして独特の風習を持つ魅力的な都市です。しかしながら、人口減少や財政問題など、解決すべき課題も抱えています。未来に向けて、これらの課題に取り組みつつ、函館市の魅力をさらに高めていくことが求められています。